「また入力が増えた」「報告が増えた」。学校現場で“働き方改革”や“校務DX”の話題が出るたびに、ため息が出る――この感覚、正直かなり「ワカル〜」です。

なぜなら、いま起きているのは「仕事を減らす改革」ではなく、仕事を“可視化する作業”が追加された状態になりがちだからです。
しかも厄介なのは、その可視化が「何に使われ、何が改善されるのか」が現場に説明されないまま進むことが多い点です。結果として現場にはこう残ります。
- 入力・集計・報告が増える
- なのに授業準備や子ども対応の時間は増えない
- どこが良くなったのか分からない
さらに、現場の“痛いところ”を突く話として、勤務実態の記録が「実態どおり」になりにくい問題があります。たとえば、時間外在校等時間が一定時間(例:80時間)を超えると指導や行政上の対応が発生するため、管理職から「少なめに」「超えないように」圧がかかったという報告も出ています。実際に、複数校で管理職の指摘により超過勤務を少なく申告したというアンケート報告が公開されています。
ここに「改革の逆説」があります。
見える化が目的化すると、現場は「改善のためのデータ」ではなく「怒られないための数字」を作りに行ってしまう。これでは、働き方改革は“改革”ではなく“帳尻合わせ”になってしまいます。
それでも政策は転換しはじめている
ただ、この“現場のしんどさ”が積み上がった結果、政策側も少しずつ論点を変えています。ポイントは、「個々の学校の努力」から、「制度として減らす/支える」へ重心が移ってきたことです。
1) 国が「働き方改革の加速」「体制」「処遇」をセットで扱い始めた
文科省は「教師を取り巻く環境整備」として、
- 働き方改革の加速
- 指導・運営体制の充実
- 処遇改善
を総合的に進める必要を明示しています。
2) 法改正(給特法等改正)で“計画的改善”を前に出した
2025年6月に、給特法等の改正法が成立し、政府として「働き方改革」「組織運営」「処遇改善」を一体で進める趣旨が示されました。
ここで重要なのは、待遇の話(調整額など)に賛否はあるとしても、国会論議レベルで「教員不足」「勤務環境改善」が主題化し、実効性を高める修正まで入った点です。
3) 「校務DX」は“ツール導入”から“やめること”へ
教育DXのロードマップでは、教師の業務効率化(校務DX)を入口に据え、再入力の削減・印刷の削減等の方向性が示されています。
さらに報道ベースでも、校務DXの文脈で「12のやめることリスト」のように、“何をやめるか”を明確にする流れが見えます。
要するに、政策側もようやく「入れる(導入する)」だけでなく、「捨てる(やめる)」を言語化しないと現場は救われないと認め始めた、ということです。
その転換を押したのは、現場の“つきあげ”だ(=教職員組合の役割)
ここで避けて通れないのが、誰が政策を動かしたのかという話です。
制度は、自然には変わりません。
「限界です」「回りません」「人がいません」という現場の声が、行政文書や議会の言葉に翻訳され、修正案・附帯決議・運用改善に落ちていく。そこには必ず“媒介”が必要です。
国会論議を整理した資料でも、教員確保の困難や長時間勤務への対応が立法の背景として説明されています。
一方、行政側も「取組状況の見える化」「PDCA」「勤務時間の客観把握」など、教育委員会・管理職の責務を明確にする方向を強めています。
この“責務化”は、現場にとっては両刃です。運用が悪ければ「入力が増えるだけ」になりますが、運用が正しければ「長時間を放置できない」制度圧にもなります。
この分岐点で、現場の声を継続的に束ね、交渉し、世論化し、自治体・議会に持ち込むプレイヤーが必要になります。その代表的な担い手が教職員組合です。
実際、教職員組合側の資料でも、改正法や附帯決議を踏まえた取り組み(学習会、請願、意見書採択、交渉事項化など)を明示しており、政策・条例・現場運用に影響を与える動きが確認できます。
「単体施策」では効かない。だから“つなぐ力”が要る
ここが結論です。
現場の負担は、1つの施策で劇的には減りません。なぜなら負担の発生源が「授業」だけでなく、
- 保護者対応・苦情対応
- 調査・報告・会議
- 部活動や行事
- 特別支援・生徒指導
- 採点・成績・評価
- 安全管理・危機対応
…と、多層で絡み合っているからです。
だから、効くのは「単発のツール導入」ではなく、複数施策の接続です。たとえば、
施策A:校務DX
→ 再入力や印刷を減らす(ただし“やめること”が前提)
施策B:業務支援員(教員業務支援員)
→ 文書作成等の時間が学校全体で減った、という効果が示されている
施策C:勤務時間の客観把握と公表(見える化の本来目的)
→ 管理職・教委の責務として徹底し、PDCAに接続する
この3つを別々にやると、「ツールは入ったが業務は残る」「記録だけ増える」「支援員がいても業務整理がない」という不全が起きる。
しかしつなぐと、話が変わります。
- DXで“入力・印刷・転記”を減らす
- 支援員で“教師がやらなくていい作業”を肩代わりする
- その結果が勤務時間データに反映され、次年度の配置・予算・業務整理の根拠になる
この循環(接続)が回り始めたとき、初めて現場は「入力した意味があった」と思える。
そして、この接続を現場任せにしないために必要なのが、学校内外の調整役です。
教育委員会、管理職、自治体、議会、保護者、地域…。利害が違う主体の間で、「どこを削り、何を残すか」を合意形成するには、継続的な交渉力が要る。
ここに、教職員組合の価値があります。
組合は「反対する存在」ではなく、本来は、施策を“効く形”につなぎ直すインフラになれます。
まとめ:共感を、制度の言葉に翻訳し続けよう
「ワカル〜」は、単なる愚痴ではありません。
それは、政策が現場に届いていない“シグナル”です。
- 見える化は、改善につながって初めて意味がある
- DXは、導入ではなく「やめること」まで設計して初めて効く
- 処遇改善は、業務削減・体制整備とセットでないと現場は救われない
- そして、これらを接続し、政策に反映させる後押しとして教職員組合が必要
現場の声を、制度の言葉に翻訳し続ける。
それができるかどうかで、働き方改革は「仕事が増える運動」になるか、「子どもに向き合う時間を取り戻す改革」になるかが決まります。


