東洋経済オンラインに、ある公立学校教員(仮名:道木さん)の体験談が掲載されました(「仕事を持ち帰ることを促された…校長に勤怠記録の改ざんを強要された教師が公益通報した『残念な結末』」東洋経済オンライン)。記事で描かれていたのは、残業時間の記録改ざんを校長に命じられた教員が、ボイスレコーダーを忍ばせて校長室に臨み、孤独に闘い続けた物語です。

この話を読んで、私はある種の「もどかしさ」を強く感じました。道木さんが取った行動は、個人としては極めて賢明で勇気あるものでした。しかし同時に、「なぜひとりで背負わなければならなかったのか」という問いが、どうしても頭から離れないのです。
何が起きていたのか
同記事によれば、道木さんの勤務校では1日2〜3時間程度の残業が常態化していました。月45時間の上限を超えることが年間6回に及んでいたところ、校長から呼び出され、告げられた言葉は「45時間を超えてしまっている分を、何とか調整してほしい」——つまり、勤怠記録の改ざんを求めるものでした。
公立学校における勤怠管理や在校等時間の記録は、行政運営上作成・管理される文書にあたります。これらを意図的に書き換えることは、制度上の適正な勤務時間把握を損なうものであり、コンプライアンスの観点からも極めて不適切な行為です。道木さんはそれを理解したうえで、事前にボイスレコーダーを用意し、校長の発言を記録。「事実をそのまま入力したい」と主張して改ざんを拒否しました。
その後、道木さんは教育委員会へ公益通報を行いましたが、約半年後に届いた報告書には「改ざんの強要やハラスメントに該当する部分はなかった」と記されており、校長は何の処分も受けませんでした。
「個人の闘い」がいかにまれで、いかに過酷か
道木さんの対応は、冷静さと事前準備という点で非常に優れています。ボイスレコーダーを用意し、その場で毅然とした態度を取り、正式な通報手続きを踏んだ。それだけでも、多くの人には難しいことです。
しかし現実には、これだけの準備と覚悟をもってしても、公益通報の結果は「不当認定なし」という壁にはね返されました。道木さん自身は不利益を受けなかったものの、問題の構造は何も変わりませんでした。
ここに、個人が単独で組織に立ち向かうことの限界があります。証拠を持ち、正当性があり、手続きも踏んだ。それでも「変わらなかった」。この結末が示しているのは、これが個人の問題ではなく、構造的な問題であるということです。
組合に相談していたら、何が変わったか
もし道木さんが、早い段階で教職員組合に相談していたとしたら——。
まず、証拠収集の段階から、一人ではなく組合のサポートを受けられた可能性があります。ボイスレコーダーの活用についても、法的な観点からより適切なアドバイスが得られたかもしれません。
次に、公益通報の局面でも、組合が関与することで「個人対組織」という非対称な構図が崩れます。組合は交渉の場に同席でき、場合によっては労働委員会への申し立てや法的手段への道筋を示すこともできます。教育委員会への通報に際しても、組合として申し立てることで、「一個人の訴え」とは異なる重みを行政側に与えることができます。
そして何より、「自分だけが悩んでいるのではない」という事実を早期に知ることができます。日本教職員組合の「2025年 学校現場の働き方改革に関する意識調査」では、約3割の教員が勤務時間を過少申告しているという実態が明らかになっています。道木さんの置かれた状況は、決して例外ではありませんでした。
この問題は、ウェブで発信できる
道木さんのような体験をした教員は、今この瞬間にも職場のどこかにいるはずです。しかし、多くの場合、その苦しさは職員室の片隅に埋もれたまま、誰にも届かずに終わります。
組合にできることの一つは、こうした事例をウェブ上でしっかりと発信し、組合員が日常的にアクセスしやすい形で提供することです。
「勤怠記録の改ざんを求められたらどうすればいい?」「校長からのプレッシャーに、一人で対応しなければならないのか?」——そんな問いを抱えた組合員が、組合のウェブサイトで具体的な事例と対応策を見つけられたとしたら、それ自体が「組合に入っていてよかった」という実感につながります。組合員を守るという組合本来の機能が、ウェブを通じて日常的に発揮される形です。
さらに、こうしたコンテンツは組合員の外へも届きます。「うちの職場でも同じことが起きている」と感じた組合員が記事をシェアしたり、同僚に話したりすることで、まだ加入していない教員に組合の存在意義が自然に伝わっていきます。勧誘の言葉よりも、「自分ごと」として響く具体的な事例のほうが、加入を後押しする力を持つことは少なくありません。
そして、こうした発信には副次的な効果もあります。組合員・未加入者を問わず、困っている教員が「残業 改ざん 教員 相談」などと検索したとき、組合のページが上位に表示される可能性が生まれます。検索結果を通じて、助けを必要としている人に組合が届く——これは、組合がウェブで発信し続けることではじめて実現する接点です。
まず大切なのは、組合の内側でこうした事例を共有し、「私たちはこういう問題に対応できる組織である」という認識を組合員全体で深めることです。その積み重ねが、外向きの発信の土台となり、やがて検索という形で組合を必要とする人のもとへ届いていきます。

